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最高裁判所第三小法廷 昭和42年(あ)1373号 決定 1970年6月23日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

検察官米田之雄の上告趣意第二点のうち、判例違反をいう点は、昭和三一年一二月一一日第三小法廷判決(刑集一〇巻一二号一六〇五頁)は、暴行、脅迫または威力をもつてする就業中止要求が具体的事情のいかんを問わず常に違法であるとしているわけではないから、前提を欠き、昭和二五年一一月一五日大法廷判決(刑集四巻一一号二二五七頁)は、いわゆる生産管理に関するものであり、昭和二七年一〇月二二日大法廷判決(民集六巻九号八五七頁)は、組合員以外の部長等がしていた作業を妨害した事案についてのものであり、昭和三三年五月二八日大法廷判決(刑集一二巻八号一六九四頁)は、会社側が新たに従業員として採用した者、労働組合から脱退して従業員会に加入した者および組合員以外の職員で続行していた出炭業務を妨害した事案についてのものであり、同年一二月二五日第一小法廷判決(刑集一二巻一六号三六二七頁)は、組合員以外の庶務課長などの送電継続行為を妨害した事案についてのものであり、昭和三二年二月二六日広島高等裁判所岡山支部判決は、組合員以外の従業員の電車運転業務を妨害した事案についてのものであり、また、昭和三九年二月一五日札幌高等裁判所判決は、国鉄業務の正常な運営を妨げ、これに打撃を加えるなどの目的で、機関車の出区を妨害し、臨時貨物列車の発車を遅延させることを策した事案についてのものであつて、いずれも、組合員たる被告人らが単に同盟して罷業し、争議脱落組合員の就業を阻止して、組合の団結がみだされ同盟罷業がその実効性を失うのを防ごうとしたに過ぎない本件には適切でなく、上告適法の理由にあたらない。

同第二点のその余の論旨および同第三点は、単なる法令違反の主張であつて、上告適法の理由にあたらない。なお、原判決の認定したところによると、被告人らは、他の約四〇名とともに、札幌市交通局中央車庫門扉付近において、市電の前に立ちふさがり、その進行を阻止して業務の妨害をしたというのであつて、このような行為は、それが争議行為として行なわれた場合においても、一般には許容されるべきものとは認められない。しかし、同じ原判決によると、右行為は、被告人らの所属する札幌市役所関係労働組合連合会が、昭和三五年一〇月ごろから、札幌市職員の給与、手当、有給休暇その他の勤労条件の改善等、職員の正当な経済的地位の向上を目ざした団体交渉の要求を続け、かつ、この要求について早期解決を図るべき旨の北海道地方労働委員会の調停や札幌市議会総務委員会の勧告があつたのにかかわらず、札幌市当局が不当に団体交渉の拒否や引延しをはかつたため、一年有余の長期間をむだに過させられたのみならず、かえつて、当局の者から、ストをやるというのであればやれ、などと誠意のない返答をされるに至つたので、やむなく昭和三七年六月一五日午前六時ごろ、団体交渉における労使の実質的対等を確保するため、交通部門における市電・市バスの乗務員の乗車拒否を主眼とする同盟罷業に踏み切つたものであるところ、その同盟罷業中の同日午前一〇時ごろ、突然、同じ組合員である吉田稔らが、同盟罷業から脱落し、当局側の業務命令に従つて市電の運転を始めるため、車庫内に格納されていた市電を運転して車庫外に出ようとしたので、被告人らが他の約四〇名の組合員らとともに、組合の団結がみだされ同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐ目的で、とつさに市電の前に立ちふさがり、口ぐちに、組合の指令に従つて市電を出さないように叫んで翻意を促し、これを腕力で排除しようとした当局側の者ともみ合つたというのであつて、このような行為に出たいきさつおよび目的が人をなつとくさせるに足りるものであり、その時間も、もみ合つた時間を含めて約三〇分であつたというのであつて、必ずしも不当に長時間にわたるものとはいえないうえに、その間直接暴力に訴えるというようなことはなく、しかも、実質的に私企業とあまり変わりのない札幌市電の乗客のいない車庫内でのできごとであつたというのであるから、このような事情のもとでは、これを正当な行為として罪とならないとした原判断は、相当として維持することができる。

同第四点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、上告適法の理由にあたらない。

また、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官下村三郎、同松本正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

裁判官下村三郎の反対意見は、次のとおりである。

検察官の上告趣意第二点の判例違反以外の主張および同第三点について。

地方公営企業労働関係法一一条一項は、争議行為を禁止しているのであるから、これに違反してなされた争議行為は、すべて違法であつて、正当な争議行為というものはありえない。したがつて、このような争議行為には、労働組合法一条二項の準用ないし適用はないものと解すべきである。その理由の詳細は、昭和三九年(あ)第二九六号昭和四一年一〇月二六日大法廷判決(刑集二〇巻八号九〇一頁)における裁判官奥野健一、同草鹿浅之介、同石田和外三裁判官の反対意見と同趣旨であるから、ここにこれを引用する。

そして、右見解によれば、原判決が、地方公営企業労働関係法一一条一項に違反してなされた本件争議行為を威力業務妨害罪の構成要件にあたるものとしたうえ、労働組合法一条二項を準用して、被告人らの本件所為を正当な行為として罪とならないとしたのは、法令の解釈を誤り、ひいて判決に影響を及ぼすべき重大な事実を誤認したものというべく、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるから、刑訴法四一一条一、三号により原判決を破棄し、事件を原裁判所に差し戻すべきものである。

裁判官松本正雄の反対意見は、次のとおりである。

一、原判決およびこれを是認する多数意見は、本件争議行為にも労働組合法(以下「労組法」という。)一条二項の適用があることを前提として、その正当性の判断をなし、被告人らの本件行為は威力業務妨害罪の構成要件には該当するけれども、諸般の事情からみて、正当な行為であるとして犯罪の成立を否定した。

しかし、わたくしは、本件争議行為には労組法一条二項の適用はないと考える。すなわち、公共企業体に対する争議行為に関する昭和三九年(あ)第二九六号昭和四一年一〇月二六日大法廷判決(刑集二〇巻八号九〇一頁、いわゆる中郵事件判決)における反対意見を正しいと考えるものである。また、仮に、右判決の多数意見のごとく、本件争議行為にも労組法一条二項の適用があるとしても、被告人らの本件行為は、正当性の範囲を逸脱した違法のものであり、正当行為とは評価できないと考える。以下に、右の二点について、その理由を述べる。

二、労組法一条二項の適用がないことについて。

1. 地方公営企業労働関係法一一条一項はその前段中において、「職員及び組合は、地方公営企業に対して同盟罷業、怠業その他の業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない」と規定している。そして右の規定は、前記大法廷の判例に照らし合憲であることに異論がないであろう。もし、右の規定が違憲であるとするならば問題は別であるが、合憲の規定であると当裁判所が認めるからには、地方公営企業に対する争議行為等が禁止せられていることは明白であり、これに違反してなされた争議行為等は違法であるといわざるをえない。なお、右に違法というのは、単に法令の規定に違反するというだけのことではない。同条項が、右のように地方公営企業に勤務する職員およびその組合に争議行為等を禁止しているのは、軌道事業、水道事業、工業用水道事業等の地方公営企業が、私企業に比して公共性が強く、その運営のいかんが住民の日常生活と福祉に及ぼす影響がきわめて大きいからにほかならない。したがつて、右に違法というのは、違法性があることすなわち正当でないことをも意味し、労組法一条二項の適用を排除する趣旨すべきものである。この意味で、右の争議行為禁止違反が、単なる民事的違法に過ぎないという解釈にはとうていくみすることができない。

しかも、労組法一条二項において、刑法三五条の適用があるとされているのは、「労働組合の団体交渉その他の行為」であつて、労働者の地位向上、団結権の擁護等の目的を達成するためにした「正当なもの」についてであるが、地方公営企業においては、争議行為は前述のごとく禁止せられているのであるから、右の「その他の行為」のうちには争議行為は含まれないと解釈すべきであり、また、争議行為は解雇原因ともなりうる違法な行為であるから、「正当なもの」ともいえないわけである。したがつて、前述のごとき禁止違反の争議行為には、この意味からも労組法一条二項の適用がないものと解すべきである。

ところで、本件被告人らは、前記地方公営企業労働関係法一一条一項前段に違反して、札幌市の電車運行業務を阻害する争議行為をしたというのであるから、この争議行為は違法であり、労組法一条二項の適用はなく、争議行為についての正当性の限界いかんを論ずる余地はない。

2. その他の理由については、前記中郵事件判決における奥野健一、草鹿浅之介、石田和外裁判官等の反対意見とほぼ同趣旨である。

三、本件行為は正当と評価できないことについて。

1. 原判決は、被告人らの本件行為が威力業務妨害罪の構成要件に一応該当するものと認めながら、本件ピケ行為の目的、態様(手段、方法)に照らし、被告人らの本件行為は憲法の保障する労働基本権の行使として、正当な争議行為と認められるから、実質的違法性を欠き、罪とならないとしている。原判決を支持する多数意見も「このような行為は、それが争議行為として行なわれた場合においても、一般には許容されるべきものとは認められない。」としつつも、本件争議のいきさつ、札幌市当局の態度が誠意を欠いていたこと、被告人らの本件行為が同盟罷業から脱落した同じ組合員である吉田稔の市電運転行為に対し、組合の団結がみだされ同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐ目的であることなど、被告人らが本件行為に出たいきさつおよび目的が人をなつとくさせるに足りるものであり、その時間も約三〇分であつて必ずしも不当に長時間にわたるものとはいえないうえに、その間直接暴力に訴えるというようなことはなく、しかも、実質的に私企業とあまり変わりのない札幌市電の乗客のいない車庫内のできごとであつたこと等の諸般の事情のもとでは、これを正当行為として罪とならないとした原判断は相当であると判示している。

しかし、第一審判決および原判決の認定するところによると、市労連組合員らは、吉田稔が札幌市電の電車部長草島喜三弥、警備課長本間孝一らの命令に基づいて二二二号電車を出庫させようとした際に、その電車の前にピケッテイングを張つてその運行を阻止したものであり、その際における被告人山本の約三〇分にわたつての右電車の前に立ちふさがつた行為、被告人杉浦の右電車の前に立ちふさがつた行為、および被告人難波のこれに協力した行為は、いずれも他の約四〇名の組合員と共謀し、威力を用いて札幌市の電車運行業務を妨害したものであるというのであつて、右両判決とも、これらの行為が刑法二三四条の威力業務妨害罪の構成要件には該当すると判断しているのである。このような被告人らの行為は、中郵事件判決にみられるような「単純な不作為」の争議行為とは趣を異にし、積極的実力または威力の行使による業務妨害行為であつて、多数意見が述べるような被告人らに有利な事情を考慮しても、これが正当行為であるとはとうていいえないものと考える。上告趣意が引用する当裁判所昭和二五年一一月一五日大法廷判決以来の累次の判例は、いずれも同盟罷業の本質について、それが使用者に対する集団的労務供給義務の不履行にあることを明らかにしたものであり、また、使用者側の義務遂行に対しては、暴力、脅迫をもつてこれを阻害するような行為はもちろん、不法に使用者側の自由意思を抑圧するような行為も許されないとしており、この趣旨は前後一貫しているものということができる。多数意見がこれらの判例を本件事案に適切ではないとして簡単にいつしゆうし去ることには賛成できない。わたくしは、原判決が正当行為の範囲を不法に拡大して解釈したのを多数意見が誤つて是認したものではないかと憂える。

2. 多数意見は、同じ組合員である吉田稔らが同盟罷業から脱落し、市電の運転を始めた行為を重視し、これを被告人らにとつて有利な事情の一つとして考慮しているようであるが、この見解に対してもわたくしは同調することができない。すなわち、本件争議行為は、地方公営企業労働関係法上の地方公営企業に対するものであるから、職員の争議行為は禁止せられた違法な行為であつて、これに違反した職員は解雇せられることがある(同法一二条)のである。したがつて、争議から脱落し、業務に従事しようとする組合員個人の自由意思は特に尊重せられてしかるべきである。自らの意思で争議行為に参加しない組合員個人の意思および行動の自由までを実力をもつて拘束し、その就業を全く不可能にすることは、組合といえども許されるべきではない。この点において私企業における争議行為からの脱落と地方公営企業における本件争議行為からの脱落とを同一に論ずることは誤りであると考える。同調できない理由である。

3. 原判決は、本件ピケッテイング(以上「ピケ」という。)について、同盟罷業を実効あらしめるためには、「争議脱落者に翻意を求めるための説得活動は、他の者を対象とする場合に比しある程度強力にこれを行ない得るものと解すべく、場合によつては、暴力の行使に亘らず、説得手段として社会通念上相当と考えられる範囲内において説得の機会を得るために相手方を物理的に阻止することも許されるものといわなければならない」と判示して、結局、被告人らの本件威力の行使を認容している。

右の判示に対して、多数意見は、ピケについて特に一般的な見解を示したものではないと思われるが、「被告人らは他の約四〇名とともに、札幌市交通局中央車庫門扉付近において、市電の前に立ちふさがり、その進行を阻止して業務の妨害をしたというのであつて、このような行為は、それが争議行為として行なわれた場合においても、一般には許容されるべきものとは認められない。」と判示しつつも、本件においては、前述の諸般の情況を考慮してこれを正当行為として罪にならないとした原判決を維持している。右の判示によつてピケに対する多数意見の一端をうかがうことができる。

わたくしはピケの正当性は、口頭または文書による、いわゆる平和的説得の程度にのみ限られるべきだとは必ずしも思わないが、本件のごとく有形力を行使し、脱落者の就労を事実上不可能にすることまでも(たとい、それが説得の手段であるとしても)許されるべきであるとは考えない。ピケに際しての暴行、脅迫、暴力的色彩の濃い行動等が正当な争議行為から排斥せられるべきであることはもちろんであるが、刑法上の威力、すなわち、人の意思を制圧するに足りる勢力の行使の程度に及んだ場合においても、これを認容すべきではなく、正当行為として評価することは許されないものと考える。暴行、脅迫、これに類似する行為、威力の行使、原判決が認めるがごとき相手方に対する集団による物理的阻止等は、いかなる場合においても許されず、かくのごときは健全な労働運動の発展の障害にこそなれ、正しい方向とはいえない。

四、わたくしの見解は右に述べたとおりであるから、原判決は法令の解釈を誤り、ひいて判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認をしたものというべく、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。よつて刑訴法四一一条一、三号により原判決を破棄し、事件を原裁判所に差し戻すべきである。(下村三郎 田中二郎 松本正雄 飯村義美 関根小郷)

検察官の上告趣意

第一点 原判決の要旨

一、原判決は、本件事実関係として、

(一) 札幌市労連斗争委員会は、判示六月一四日から一五日早朝にかけて同市当局と行なつた徹夜団交が決裂したので、一五日午前六時頃斗争委員長藤田猛から全組合員に指令を発して、交通部門における電車・バス乗務員の乗車拒否を内容とする同盟罷業を決行したこと。

(二) この斗争指令が伝達されるや、既に中央車庫を出庫して営業路線に出ていた電車数台も全部車庫に戻され、降車した乗務員により同車庫から営業路線に通ずる門扉が閉鎖され、その内側に被告人山本勉を含む一五、六名の市労組合員がたむろして、出勤してくる乗務員に斗争指令を伝達し、同市円山隆光寺で開かれた職場大会に参加させたが、この間門扉附近にいた組合員が、乗務員に対する、説得に悪影響を及ぼすことを恐れて、一条営業所長佐久間三郎その他の役職者が右門扉から入門するのを拒否したりしたこと。

(三) 札幌市交通局側(以下当局側という)においては「係員」(組合員ではあるが、運転手等から昇進し運行に関する事項等の事務関係に従事している者)による電車の運行をすることとし、電車部浜岡業務課長の指示で係員二四名(三、四名を除き組合員)が中央車庫に派遣され、佐久間営業所長の指示で運転要員と車掌要員とが組になつて合計一二台の電車に分乗し、午前一〇時門扉が開放されると同時に運転要員吉田稔、車掌要員田島信行(いずれも組合員)の搭乗する第二二二号電車を先頭にして車庫内から発進し、右二二二号車は門扉の手前約四米の地点に達したが、そのとき市労組合員一五、六名が同車の前面に立ち塞り、吉田稔等に対し口々に、組合指令に従つて電車を出さないように叫んだこと。

(四) これを見た佐久間所長、電車部本間整備課長及び整備課の一部組合員らが、同車庫前に立ち塞る組合員の排除に取りかかつたところ、他の整備課組合員約二〇名が同車前面に駆けより市労組員に合流し、(両者合せて以下「ピケ側」という)排除しようとする当局側と排除されまいとするピケ側との揉み合いになり、ピケ側は引抜きをこらえようとして電車の前面に手を突き、あるいは近くの組合員にしがみつく等の状態が五分乃至一〇分続いたが、遂に同車庫前から排除できなかつたこと。

(五) 午前一〇時一〇分頃から約一〇分間引抜きは一旦中止され、小康状態となつたが、その間ピケ側は二二二号車前でスクラムを組み、労働歌を高唱する等して気勢を挙げたこと。

(六) 午前一〇時二〇分頃から再び当局側がピケ側の排除に取りかかつたが、ピケ側の者はこれに抵抗して電車前面やフツトステツプ附近あるいは近くの組合員の身体にしがみつき、電車前面から排除されまいとして約一〇分間に亘り、揉み合いが続いたこと。

(七) 午前一〇時二五分頃警察官が、違法なピケであるから五分以内にこれを解くよう警告を発し、一〇時三二分頃警察官約六〇名が排除に着手し、ピケ側組合員は殆んど何らの抵抗を示さず退去し一〇時三四分二二二号を先頭にして一二台の電車が順次出庫して営業路線に出ることができたこと。

を夫々認定し、被告人三名がピケ側組合員約四〇名と共謀し、威力を用いて札幌市の電車運行業務を妨害した行為は、威力業務妨害罪の構成要件に該当すると判断した第一審判決を是認している。

二、原判決は、右認定事実に基づき、本件ピケの正当性につき次のように判示している。

本件ピケ行為は、直接には争議脱落者の就労から組合の団結を守り、同盟罷業行為の効果減殺を防止することを目的とし、究極においては、同盟罷業によつて労使の実質的平等が確保された団体交渉の場において、組合の正当な経済的要求の実現を図ることを目的とするものというべく、争議行為の目的としてまさに正当なものと認められる。

次にピケ行為の態様の点から、その正当性を検討してみるに、同盟罷業行為が使用者に対する集団的労務拒否をその本質とし、憲法の保障する労働基本権に基づく正当な争議行為であることはいうまでもなく、その補助的手段としてのピケ行為も同様であるが、しかし、その手段、方法には一定の制約の存することも認めなければならず、労組法一条二項但書の「暴力の行使」を伴う場合、あるいは、企業財産に属する機械、設備その他の物件を破壊もしくは奪取する等、ひとしく憲法上の保護を受ける使用者の財産の直接かつ著るしい侵害を伴う場合は違法であり、また、使用者ないし就労者の勤労権利ないし意思活動の自由を実力に訴えて一方的かつ完全に排除することは許されないものというべきである。従つて、ピケ行為の手段、方法は、罷業者に代つて就労しようとする者に対し、争議の趣旨を訴えてその翻意を求めるための説得活動を基調とするものと解するを相当とするが、争議行為の多様性、流動性よりして、いかなる範囲の行為が説得活動として許容されるかは、諸般の事情を綜合して決しなければならない。

かかる見地から、本件ピケの実情をみるに、次の事実が認められる。

(一) ピケの対象者は、組合員でありながら、斗争指令に反し、当局側の指示に従つてピケラインを突破しようとした争議脱落者である。かかる者に翻意を求めるための説得活動は、他の者を対象とする場合に比しある程度強力に行ない得るものと解すべく、場合によつては、暴力の行使に亘らず、説得の手段として社会通念上相当と考えられる範囲において、説得の機会を得るために相手方を物理的に阻止することも許されるものといわなければならない。争議脱落者は、単に説得に応じない意思を表明するだけではなく、何故に組合の統制をみだすような行動をとらねばならないかを弁明すべきであり、説得者側としては、争議脱落者が説得に応ずるか、応じない理由を弁明して説得者側を納得させるまでは、不当に長時間に及ばないかぎり、説得を続けることができ、そのために前記程度の阻止を継続することも許されるものと考えられる。

(二) 本件のように、相手方が高速度交通機関に搭乗し、そのこと自体により就労の意思を表明している場合には、前方に立ち塞がる等の方法によつて一時停止させることは、説得の手段として相当な範囲を越えるものとは認められない。

(三) 本件阻止行為がなされたのは、車庫内であつて、乗客もなく、一般道路交通の障害となることもなかつたし、相手方に恐怖を覚えさせるようなマス・ピケツテイングでなかつた。

(四) 市労組合員らが説得のため電車の前面に立ち塞がるや、殆んど説得行為に出る暇もないうちに、当局側が実力による引き抜きを開始したのであから、ピケ側がこれに抵抗して引き抜かれまいとしたのは当然であり、また消極的抵抗に終始したものである以上、違法視するに当らない。

(五) 説得活動は約三〇分間で不当に長時間に及ぶものということもできないし、吉田稔らが賃金カットその他不利益を受けた証拠はなく、市当局のピケ行為自体による損害は皆無とも考えられ、一般市民に与えた影響も殆ど考えられない。

以上を綜合して判断すれば、本件ピケ行為は、その態様の面においても、正当性の範囲を逸脱するものとは認められない。

第二点 判例違反<略>

第三点 法令違反

原判決には、左記のとおり、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

一、労働組合法一条二項は「刑法(明治四〇年法律第四五号)第三五条の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但しいかなる場合においても暴力の行使は労働組合の正当な行為と解釈してはならない。」と規定し、労働組合の行為であつて正当性の限界を逸脱しないものは、違法性を阻却し犯罪の成立しないことを明らかにしている。ここにいう「その他の行為」の中には、争議行為が含まれることはいうまでもないが、わが国憲法及び労働関係法規が労使対等の原則を理念としていることから考えれば正当な争議行為とは、労務提供拒否ならびにこれに当然随伴する必要的行為に止まるべきものと解するのが相当である。これをピケツテイングについて言えば、同盟羅業に際し、組合その団体を強化し、あるいは組合その脱落、罷業破り等を防ぐため、平和的説得の範囲内に止まるかぎり、当然正当であるが、その限度を越え実力により相手方の意思を制圧し、行動の自由を制限するごときは、右労組法一条二項にいう正当な行為の範囲を逸脱するものといわなければならない。しかるに、原判決が平和的説得の範囲を越えた実力による就労阻止をも正当なピケツテイングと判断し、労組法一条二項を適用して違法性が阻却されるとなしたのは、右労組法一条二項及び刑法三五条の解釈適用を誤つたものといわなければならない。

二、原判決は「同盟罷業が正式な組合機関の決定によるものである以上、それは同時に組合員個人の意思でもあるから、争議脱落者において、自らの意思に基いて決定した同盟羅業を自ら破ろうとする行動に出るからには、単に説得に応じない意思を表明するだけではなく、何故に自らの意思を翻えし、組合の統制を紊すような行動をとらねばならないかを弁明すべきであり(それは、争議脱落者意思の表明を強制することにはならない。単に説得者側において弁明があるまでは説得を続けることができるというだけである。)。説得者側としては、争議脱落者が説得に応ずるか、あるいはこれに応じない理由を弁明して説得者側を納得させるまでは、不当に長時間に及ばないかぎり、説得を続けることができ、そのために前記程度の阻止を継続することも許されるものと考えられる。」(記録四九七二丁裏乃至四九七三丁表)と判示して、本件ピケは、組合員でありながら斗争指令に反し、当局側の指示に従つてピケラインを突破しようとした二二二号車の運転要員吉田稔に対するものであるから、説得のために三〇分間同人の電車運行業務をスクラムで阻止した行為も正当であると判断したのである。

しかしながら、本件同盟罷業は地公労法一一条一項により禁止された行為であるから、札幌市労連の出した本件スト指令は違法なものであり、組合員はこれに服従する義務が存しないことを忘れてはならない。一方吉田稔は、市当局から電車運転の命を受けたのであり、この当局の業務命令は適法であるから、同人としてはこれに服従する義務を負うことは明らかである。従つて、原判決が、吉田稔を一般民間労組における争議脱落者と同視し、これに対する実力ピケが許されるものと判断したのは、右地公労法一一条の解釈適用を誤つたものといわなければならない。

三、本件の第一審判決は、第四、被告人らの行為の構成要件該当性についての項において、「以上に判示した、被告人山本の約三〇分間にわたつて二二二号電車の前に立ち塞がつた行為、被告人杉浦の約五分間にわたり同電車前に立ち塞がる組合員のピケツトに加わつた行為および被告人難波のこれに協力した行為は、いずれも他の約四〇名の市労連組合員と共謀し、威力を用いて札幌市の電車運行業務を妨害したものであつて、刑法六〇条、二三四条の構成要件に該当する。」と判示し、被告人らの行為が札幌市の電車運行業務を妨害した事実を肯認しているが、原判決も、第一審判決の右判示を正当として是認しているのである。(公訴事実も札幌市に対する電車運行業務の妨害となつている)。

しからば、札幌市に対する威力業務妨害罪が何故に成立しないのであろうか。原判決は、本件ピケは、争議脱落者である吉田稔に対するものであるから違法性を阻却するという。仮りに、原判決の見解に立つて右結論を求めるとしても、本件ピケは吉田稔の電車運行業務を妨害すると共に、それは同時に市当局の電車運行業務を妨害しているのである。しかるに、原判決は、この後者の点について、何故に犯罪の成立が認められないのか、首肯するに足る理由をなんら説明していない。従つて、この点において原判決には判断遺脱または理由不備の違法が存するものといわなければならない。<以下略>

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